シニアになって日々考えてしまう未来の事

まさか自分がシニアになるなんて考えもしなかった。

なってみて初めて不安や怖さが生じてきた。

今まで何気なく生きてきたし、そのままずっと生きられるように思っていたが、実際なってみるとしを確実に感じてしまう。

 

どうしようもない恐怖。

 

シニアになって感じる将来に対する恐怖

若い頃に感じなかった恐怖を感じる。

それは、仕事ななくなり家族もなく孤独と不安。

お金はどうなるのだろう

このまま生活できるのだろうか?

麦僊とした恐怖のまま過ごしている。

どうにかしないと思いつつも、何もできないで時間だけが過ぎていく。

頭ではお金を増やす

お金を貯める

そう思うが、毎日がただ過ぎていく。

 

自分の責任であり、自分が原因だ。

 

人からは甘い

何も考えていない

人生どん底を味わっていないからだ。

まだ余裕があるからだ。

 

本気で不安・恐怖を感じていないから行動できないんだ。

そういわれても、どうしようもない。

 

自分で自分が分からない。

 

シニアになって感じる死の恐怖

若い頃には感じなかった死の恐怖

いつかは死ぬ

人は死ぬ

テレビでも新聞でも、映画でも人が死ぬ場面は何度も目にしている。

けれども実際に自分の身にそれが起きるとは一切感じていなかった。

 

ただ今の年になると死が身近に感じてきている

 

最近叔父が孤独死した。

誰もいないアパートで腐乱死体で見つかった。

とても悲しくやりきれない気持ちになった。

 

もし自分がそうなったら・・・ありえる現実に胸がつぶれそうになる。

 

死も恐怖だが孤独も恐怖だ。

シニアの恐怖の根源とは

 

ずっと考えていた。

この恐怖の根底は死なのか?お金なのか?生活できなくなる漠然とした恐怖なのか・・・

 

これは自分だけの感性かもしれないが・・・

 

必要とされなくなる存在が一番恐怖だということ

 

仕事が無くなり、生活保護でなくても生活できる糧があっても、社会とのつながりがなくなり孤独で一人生きていることの恐怖。

 

これだと分かった。

 

独身で生きてきても仕事をしている間は、社会とのつながりもあり、休みの時も欧化できていた。

それが毎日日曜日になれば、やることもなくなり、特に友達もいない自分の場合は完全な孤独に落ちいてしまう。

 

生きている意味。

それがはく奪されてしまう。

 

生きていること自体が苦痛になるこの時代。

 

自分は、確固たる信念も持たずに生きてきたつけがこれだった。

仕事はやって当たり前。やることが人生だと思ってきたが・・・

 

実は生きていることの虚しさから目をそらして、気分晴らしのためだったことに今気づいた。

 

孤独から目をそらして、気分晴らしのためにしごとしてきた。

今でははっきりとわかる。

 

まとめ

生き甲斐をみつける前に、一体なぜ生きているかを克明に自分の心に刻印しないと、この先生きてはいけない。

なぜ生きている

なぜ生活している

なぜ生まれてきた

抜本的なことを胸に落とし込まなければ生きていく資格がない。

 

家族もなし友人も無しで生きてきた人生。

俺の人生はなんだったのか?

答えをださなければならない